自分の中のバランス探しの旅です。


by blueoceano

お知らせ。

2月上旬に、私の育ての親である祖母が他界いたしました。

<以下感情的に書きなぐっておりますので、お気持ちの大丈夫なときにご笑覧くださいませ>




長い間通院を強いられる身ではあったのですが、体調は落ち着いていた為に、あまりにも突然の出来事でした。

検死によると、眠っている間に心不全を起こし、そのまま苦しむ事もなくまさに眠ったまま逝ったとのこと。祖母が常々語っていた、理想の生き方/逝き方でした。祖母の母が癌で苦しみ、病院でいろいろな機械に繋がれたまま亡くなったことがとても辛かったことを、そして祖母らしい、“誰にも迷惑かけずに、きれいに生きたい/逝きたい”という願いを、仏様/神様/大きな何かがきちんと聞いてくださったんだと思います。だって、彼女は徳を多く積んだひとだから。

ただ、その為に祖父が死に水を取る事ができなかったと悔やんでいるのが辛いです。60年連れ添った祖母の手を取って、さようならを言いたかったのになあ、と泣いているのがー祖父が泣くのを見たのはこれが人生で2度目ですーとても辛かったです。

祖母は、私にとっては本当に”母親”でした。無条件に愛し、いつでも(私が米国に住む事を決意したときも、泣きながらでも)私の味方になってくれて、私の幸せをただただ真剣に祈ってくれたひとでした。彼女がいなければ、今の私はいなかったと断言してもいいと思います。彼女がいなければ、私は生きていなかったと思います。

電子メールはおろか、国際電話なんて高級すぎた頃、毎日毎日あの海外郵便用の薄い紙に、私が寂しくならない様に、私が日本語を忘れない様にと手紙を書いて送ってくれた祖母。私の夫に唯一自分から話しかけて、日本語が全く分からない夫となんだか訳の分からない、でも素敵な会話を交わしていた祖母。キスは嫌いー、と言いつつ、私がほっぺにキスする事を許してくれた祖母。明治大正時代の歌ばかりたくさん教えてくれた祖母。私のつたない料理をいつも褒めてくれた祖母。

葬儀の日の母親の取り乱しようはあまりにも辛く、切なくて哀しかったです。私の祖父が、一番取り乱して良い筈の祖父が、母親を支えて諭さねばならなかったあの事実を、私は忘れないでしょう。祖父の事すら考えられない母親のあまりの幼さに、思わず笑ってしまいました、私。

祖父と父、兄弟は母親を支えるのに精一杯で、後の挨拶などは私と義妹がやってしまいました。義妹は本当に良くやってくれて、感謝してもしきれません。 祖父母、父母と同じ地域で生まれ育った彼女が家族になってくれて本当に良かったです。


祖父のためにもっと日本にいたいなと思うと同時に、もう私が日本にいる理由がなくなってしまった気がして。。。未だにぐだぐだな気持ちのままです。祖母はきっとそんな私をしかっていると思うのですが。
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by blueoceano | 2009-02-24 11:31 | ひと